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大津海軍航空隊司令当時の松木通世大佐 昭和20年4月 小生の操縦士の卵時代は、多くの歴戦のつわものから操縦教育を受けたものでした。その当時の教官、また知人の中の航空に携わった人たちをブログで紹介します。 松木通世氏 先ずは、小生の友人の松本信武君の父親である松本通世氏から始めたいと思います。 海兵50期生、海軍大学卒業後後輩の指導畑を多く経験した。人格者でもあり、多くの後輩から慕われた。 敗色濃厚な昭和20年米軍の本土上陸に備え劣勢の航空隊の操縦士訓練、防衛を立案、作成した人です。 海兵50期生 大正3年に勃発した第一次世界大戦で連合国側についた日本は、戦艦8、巡洋艦8の八八艦隊制により49期生までの160名から50期生は、300名に増員された。その後大正10年の軍縮により54期生は、60名に減少した。終戦の年の4月に入校した78期生は4048名に達したそうである。海兵も時代によりかなりの増減があったそうである。 添付した写真に写る飛行機は、水上偵察機の何型かご存知の方がありましたらお知らせください。 飛行機に詳しい方「歯は健康の要さん」から情報を頂きました。 以下に頂いた写真の機種について書き加えさせていただきます。 カウルの型・フロートに続く脚の型を見て、零式水上偵察機に間違いないと思います。 カウルが無塗装のようなのと、翼前面の味方識別用の黄色の塗装がよく分からないので、何とも言えないのですが、おそらく実践配備ではなく基地配備の練習機ではないかと思われますが・・・ いずれにしても貴重な写真をありがとうございました。 付録 零式水上偵察機(最高時速376キロ 乗員2名 250キロ爆弾搭載 7.7ミリ機銃1挺) ホームページ:スカイスタジオも覗いて下さい。 http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167310031%3ftag=httpwww7big0a-22%26link_code=xm2%26camp=2025%26dev-t=D31ZR0ROP0WVXQ |
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零式水上偵察機に間違いないと思います。 |
歯は健康の要 2008/07/29 23:42 |
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