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help リーダーに追加 RSS お世話になった戦前の飛行家達 「西原五郎氏」 「65歳の手習い」です。

<<   作成日時 : 2007/10/06 16:00   >>

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西原五郎氏 1965年11月19日撮影


「ノモンハン事件」
ノモンハン事件は、1939年5月から9月にかけて、満州国とモンゴル人民共和国の間の国境線をめぐって発生した軍事衝突です。実質的には両国の後ろ盾となった大日本帝国陸軍とソビエト連邦軍の主力の衝突でした。この事件の勝敗は、決定的な日本軍の敗戦であったとされています。
航空戦においては、操縦士の戦闘練度の高さから初戦においては、常勝していましたが、後半戦では圧倒的なロシア側の物量に苦戦し、多くの優秀な操縦士を失い、その後の太平洋戦争では操縦士の中核を欠いたといわれています。

「西原五郎曹長 村松戦隊長を敵軍の中から救出」
昭和40年5月から、11月にかけて小生は、民間委託操縦訓練生として航空自衛隊静浜航空隊で訓練を受けていました。西原五郎氏に、その時何度か後席に乗っていただきました。西原五郎氏は、実に温厚な方で、平素は勿論、訓練中でも怒った顔を見せることはなく、歴戦の勇士という面影を感じさせることはありませんでした。当時の訓練は、ほぼ同い年の教官にかなり絞られたものですから、西原氏が教官となると救われた気持ちで、操縦に専念できたことを思い出されます。
西原氏ご自身は、戦闘機乗としての戦争当時のお話は滅多にされませんでしたが、たまたま隊の風呂でご一緒した折に、左肩背中に銃弾でねじ込まれたような傷跡を見て、歴戦の勇士と、聞いていましたので、思わず何時の時に負傷されたのかを聞かづにはいられませんでした。その時、またその後隊の酒席において西原氏ご自身から当時の話を聞くことが出来ました。
肩に傷を負いながら連隊長を救出するその件は、「瑠璃の翼」山之口洋 文芸春秋にも記載されています。またノモンハンの平原に着陸し、燃え盛る連隊長の救出絵画を後日見る機会を得ることが出来ました。

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